東京高等裁判所 昭和32年(ネ)1704号 判決 1958年3月10日
控訴人 原告 横井英樹
訴訟代理人 小林保治 外一名
被控訴人 被告 株式会社ひよしや
訴訟代理人 森良作 外三名
主文
本件控訴はこれを棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、原判決をとり消す、被控訴人は控訴人に対し、東京都中央区銀座五丁目四番一、二、三に跨る家屋番号同町九二番鉄筋コンクリート造陸屋根四階建一棟(通称七宝ビル)のうち、一階西南隅一室八坪一合三勺(通称一階五号室)間口一間半奥行六間をあけ渡すべし、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする、との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は、被控訴代理人において、乙第一ないし第三号証を提出し控訴代理人において右乙号各証の成立を認めたほか原判決の事実らんに記載されたところと同一であるから、ここにこれを引用する。
理由
いずれもその成立について争のない甲第一、二号証の記載と証人福永長四郎の証言をあわせ考えると、東京都中央区銀座五丁目四番の一、二、三に跨る家屋番号同町九二番鉄筋コンクリート造陸屋根、四階建一棟が訴外丹陽商会の所有であつて、右建物のうも一階西南隅一室八坪一合三勺を控訴人が右訴外会社から昭和十七年ころ賃料一ケ月金二万二千七百六十四円、看板掲示料毎月金一千五百七十円、貸借期間一年と定めて賃借し、その後期間満了ごとに契約を更新して賃借してきたことを認めることができ、この認定に反する証拠はない。
かくして控訴人が昭和二十九年六月はじめまで本件室を占有使用していたことは当事者間に争のないところである。
しかして昭和二十九年六月ころ以降の本件室の占有関係について当裁判所の認定する事実は原判決理由のしめすところと同一であるから原判決理由中の該当部分(判決原本六ページ二行目から八ページ一行目まで)をここに引用する。
ところで、控訴人は昭和三十年八月二十日ころ被控訴人によつて本件室の入口を閉ざされ出入を拒絶せられてその占有を奪われたのでこれが回収を求める、と主張する。
しかしながら、控訴人は転貸借によつて被控訴人に現実の占有をうつし、賃借人としての被控訴人の占有を手段として、すなわち被控訴人を占有代理人として本件室を占有するもので、いわゆる間接占有を有するものであること前段説示から明かである。かような代理占有による占有者の占有をうばわれたとするには、占有代理人の所持が、間接占有者の意思に反し、かつ占有代理人の意思に反して他人によつて失わしめられなければならない。したがつて、被控訴人以外の第三者によつてその占有を侵奪されることは考えられるが、占有代理人である被控訴人によつてその占有を奪われるということはありえないこととしなければならない。すなわち、被控訴人が控訴人の入室を拒んだとしてもそのことだけでは控訴人はいぜんとして代理占有による占有権者であることに変りはないから控訴人の本件室の占有を奪つたことにならない。ただ被控訴人が入室拒絶と同時にこんご控訴人のために本件室を占有しない旨の意思をもつに至れば本人のために占有するとの代理占有の成立要件がなくなるので、控訴人の代理占有による本件室の占有権は消滅するが、これは占有代理人である被控訴人の所持がうばわれることによるのでないから控訴人の占有がうばわれたとはいえない。
これを要するに、本件のように賃借人がその占有中の賃貸借の目的物を転貸して任意に転借人に引渡した後に、転借人が転貸人の転貸人たることを否認する所為におよんだとしても、民法第二百条に「占有者が占有ヲ奪ハレタルトキ」というにあたらない、というわけである。
すなわち原判決は相当であるから本件控訴は理由のないものとしてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 藤江忠二郎 判事 谷口茂栄 判事 満田文彦)